あなたが欲しい       一条きらら



      1章 溺れる人妻



 
 ラブホテルの部屋に入ったとたん、由香は胸の鼓動が激しくなった。
 夫ではない男と、こんな所へ来てしまった。 現実ではなく、夢の中のできごとと、錯覚しそうだった。
 ルームライトが、普通の明るさではなく、淡い灯になっている。
 男女が二人きりで過ごすムーディな部屋を、演出しているような感じだった。
 部屋に入るなり、高木哲也が、立ったまま由香を抱き締めた。
「好きだ」
 そう囁きながら、高木が唇を、由香の唇に重ねようとした。
「駄目……あたし、やっぱり帰ります」
 消え入りそうな声で由香は言い、男の腕の中で顔をそむけながら、弱々しく逆らった。
「どうして……?」
 高木が唇を、由香の首筋に押しつけた。
 ゾクッとするような熱い感覚が、由香の体内を走り抜ける。
「だって……こんなことって……あたし初めて……」
「わかってる。だけど、ぼくたちは、こうなる運命」
「でも……でも……」
 そう呟く由香の息が、小さく乱れてくる。
「今夜会った時から、奥さんと、こうしたかった」
 高木が唇を、やや強引に、由香の唇に重ねた。 
(あ……)
 由香は全身から、力が抜けるのを感じた。
 夫と違う男の匂い。唇の感触。男の腕の中――。
 ふと、夫の顔が、脳裡をかすめる。
 そして親友の麻知子の顔。彼女の夫が、高木哲也である。
 親友の夫と、ラブホテルに入ってしまうなんて、想像したこともなかった。
 けれど──。次第に、由香は頭の中が甘く痺れてくるのを感じた。
(ああ、初めての不倫……)
 結婚して、四年である。
 由香は三十歳、夫は三十五歳。
 愛し合って結婚したはずなのに、最近の由香は、何か満たされないものを感じていた。
(結婚生活って、こういうものなんだわ……)
 半ば諦めるような気持ちで、そう思っていた。
 人妻の不倫が、まるで流行のように世間では取り上げられているが、由香には不倫願望などなかった。
 今夜、アルコールの酔いのせいもあるが、親友の夫である高木哲也に誘われるまま、ラブホテルへ来てしまうなんて──。
 夫にも、親友にも、後ろめたかった。
 高木哲也と男女の関係になってしまったら、今後、どうなるのだろう。 〈続く〉
 


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