愛戯の部屋       一条きらら

 麻里香は、いつものように、コンビニの前でタクシーを降りた。
 コンビニに入って、ガムと雑誌を買い、店内を出る。
 万が一、尾行されても、ごまかせるようにだった。
 行き先は、八階建ての賃貸マンション。
 狭い敷地に、細長い建物で、ペンシル型マンションというらしかった。
 その賃貸マンションに、自宅からタクシーで、乗りつけるわけにはいかない。
 麻里香専用の白いベンツは、目立ち過ぎて、駐車できる場所もなかった。
(尾行を依頼するなんてこと、博之さんは、しそうもないけど……)
 結婚して一年余り。
 恋愛感情はなく結ばれたので、セックスはすぐに飽きてしまった感じ。
 セックスレス夫婦になって、もう、半年以上たつ。
 それでも、結婚生活には夫婦とも満足している。
 仮面夫婦、またはセックスレス夫婦といっても、決して不仲とか冷えきっているわけではなかった。
 麻里香には、ひそかに愛し合う男がいるからだ。
 週に一度の不倫の密会が、麻里香の心身を満たしてくれているのだった。
 コンビニを出た麻里香は、数分歩いて、賃貸マンションに着き、エレベーターに乗り込んだ。
 平日の夜である。
 夫は今夜、帰宅が遅くなると言って出かけた。
 そんな時は、午前一時か二時ごろになる。
 その少し前に、麻里香は帰宅するつもりだった。
(今夜は、来てるかしら……)
 エレベーターを降りて、マンションの通路を歩いて行き、三〇五号室のドアへ、何となく眼をやった。
 その前を通り過ぎながら、バッグから鍵を取り出し、隣の三〇六号室のドアを開ける。
 ワン・ルームの間取りで、八畳ぶんほどの部屋である。
 ダブルベッドと、小さなカウチ・ソファと、小さなガラス・テーブル。
 二十インチの液晶テレビと、小型冷蔵庫。
 室内にあるのは、それだけだった。
 あとは、作り付けのクロゼットとキッチンの棚に、最低必要な物が収納してある。
 スリッパに履き替えて、麻里香は部屋に入った。
 テレビをつけ、赤い携帯電話の時刻表示を見る。
 午後八時過ぎ──。
 立原光樹は、九時ごろ来ると言っていた。
(シャワーを浴びて、ワインでも飲んでいようっと)
 自宅から持って来た赤ワインを、冷蔵庫に入れておく。            〈続く〉 
     



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