甘えさせてあげる 一条きらら
1
咲子は、朝から浮き浮きしていた。エプロンをつけて朝食の用意をしながら、ハミングしてしまう。
「ばかに、うれしそうじゃないか」
と、部屋に入って来たパジャマ姿の夫が、朝刊を手にして食卓についた。
「あなた、今日は会社で歓送迎会があるから、帰りは遅くなります」
ベーコン・エッグの皿を、テーブルの上に置きながら、咲子は言った。
「飲み会があるのか。それで、はしゃいでるんだな。金曜の夜だし」
「ね、あなた、新入社員でね、あなたに、よく似ている男性がいるのよ」
「イケメンだろう」
新聞をめくりながら、夫が澄ました顔で言う。
咲子はクスッと笑った。バターを塗ったパンを、夫の皿に置き、チラッと夫の顔を見た。
確かに、夫はイケメンである。けれど、四十歳になり、中年の体型になりつつある。
(それに比べて、彼は、何て若々しいこと)
今春、入社したばかりの岩瀬智志の顔を、咲子は思い浮かべた。大学卒業したての二十三歳。純情でシャイな岩瀬は、抱き締めたくなるくらい、可愛いのだ。童顔で端正な顔立ちが、夫に似ている。
咲子は三十三歳。結婚して七年になる。子供はいなかった。
「ねえ、その新入社員、二十三歳よ。あなたも若いころ、あんな感じだったのかしら」
「モテモテだったさ。女性のいない世界に行きたいと思ったくらいだ」
「ふふふッ、そのころのあなたを知らないと思って、何とでも言えるわね」
トーストを口に運びながら、咲子はクックッと笑った。
夫と初めて会った時、彼は三十二歳だった。二十代の時の夫は、写真でしか知らない。
最近、咲子は、夫の若いころを想像してみる時があった。ベッドで、肉体の交じわりをしている時や、行為を終えた後である。
若いころの夫は、もっと精力的で回復力も持続力もあって──と、そんな想像がチラッと浮かんでしまうのだ。
その日、歓送迎会は夕方の六時から始まった。
〈続く〉