あなたの虜       一条きらら

 ひと眼惚れだった。
 麻実子は、ひと眼見た瞬間から、葉月史郎の虜になってしまったのだ。
 それは、衝撃的な出会い、運命のめぐり会い、と言いたくなるほど、突然の恋の訪れだった。
(嘘みたい……)
 麻実子は、最初、信じられなかった。
 葉月史郎は二十一歳の青年。三十三歳の麻実子より十二も年下である。
(年下の男性を好きになるなんて……)
 生まれて初めてのことだった。
 夫は十二歳年上。結婚前に付き合っていた恋人が十歳年上。その前の恋人が九歳年上。初めての婚約者で、性の初体験の相手が十二歳年上。
 恋愛関係になった男性すべてが、年上だった。かなりの年齢の開きが、あるわけではないが、上の世代である。
 麻実子には、十歳年上の兄がいる。背が高くて頭が良くてスポーツマンで、妹思いでやさしい兄を、子供のころから慕っていた。
 毎日、兄と手をつないだり、抱き上げられたりしたかった。片時も離れたくなかった。自分を甘やかすだけの両親より、兄の言うことを、ちゃんと聞いた。
 その感情は、やや異常かもしれないと自分でも気づいていた。ブラザー・コンプレックスと言える感情が、多感な少女時代まで続いたのである。
 そのブラザー・コンプレックスから、恋愛の相手は、兄と同じくらいの年齢の男性になるのかもしれなかった。
 同年代の異性には、少しも惹かれない。まして年下の男性は子供じみて稚くて、異性という感じがしない。男性というより中性みたいな感じ。兄と同じくらいの年齢でないと、男性の匂いを感じとれないのだった。
 世間には、年下の恋人や夫を持つ女性は少なくない。特に最近、年上妻が増えていると、週刊誌の記事に出ていた。
 けれど麻実子は、生涯、年下の男性に惹かれることはないだろうと思い込んでいたのだった。
(ううん、それだけじゃないわ。彼みたいな男性を好きになっちゃうなんて嘘みたい、夢みたいって思うのは)
 二十一歳の葉月史郎は、ホストクラブに勤めるホストである。そのこともまた、彼にひと眼惚れして恋してしまった自分の気持ちが、信じられない気がした。   〈続く〉
 



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