不倫ノスタルジー       一条きらら
                                                                

 食後のコーヒーを、ホテルのボーイが運んできた。
 奈々子は手にしていた携帯電話を、テーブルの上に置いた。
 ミルクを垂らしたコーヒーを、スプーンでゆっくりと、かき混ぜる。
 空腹を満たすだけの、今日も味気ない一人きりの食事だった。
 都内にあるシティホテルの、最上階のスカイ・レストランである。
 窓外に、華麗な夜景が広がっているわけではなかった。
 店内には客の姿もまばらな、昼下がりである。
 このホテルに、奈々子が泊りに来たのは二日前。
 いつまで宿泊するか、決めていなかった。
 誰かを、または何かを、待っているわけではなかった。
 人妻の奈々子が、逃避する場所としてあるだけのホテルの部屋――そんな感じだった。
(でも、一体、何から逃避しているのかしら……)
 コーヒー・カップをゆっくり口に運びながら、奈々子は胸の中で呟く。
 結婚生活から逃避しているのか。
 夫という人間から逃避しているのか。
 それとも、自分の中にある何かから……。
 逃避してホテルに泊り続けても、解放感も安らぎも、なかった。
 自分の心を見つめても、わからないのだ。この先、どう生きて行けばいいのかと、考えるのも億劫だった。  〈続く〉
           

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